手に持った千円を見て
随分放置していたズボンの中から50円を見つけ出した時のことを思い出す
いつから入っていたかは覚えていないが
思わぬ収入に喜びを覚えた記憶がある・・・・50円だがw
今回は部屋着にしていたパーカーからの発掘。
確かこれは兄がばあちゃんからといってくれたものだったか。
友達に「確か貰ったんだけど、あのあとどこやったんだかwww」
とはなしたのを覚えている。
今回は見つかった喜びというよりは
そんなことがあったなぁ〜
みたいな感嘆というか思い出し笑いというか
まぁ、ひどくニヤニヤしていたことだろうw
思い出と思わぬ収入の発掘。
まぁ初めから大切に保存しておけばいいのだけれどもw
by八咫烏
しゃぶしゃぶして食うんだ。
しゃぶしゃぶなんか俺の記憶上行ったことはありませんでした。
なんだか俺が小さいころにみんなで食べに行ったときに
気に入らなかったとかなんかで
それ以来ずっと行ってなかったんだとか。
記憶上の初しゃぶしゃぶで戸惑う俺は
友達に「なぁ、しゃぶしゃぶってどうやって食べんの?
いやまぁ、湯くぐらして食うぐらいは分かるんだけど
なんていうか気持ち的にというか趣向的にというかさぁ〜」
とたずねたところ
「しゃぶしゃぶして(湯)しゃぶしゃぶして(たれ)
しゃぶしゃぶ(お口で)すればいい!!!!!!」
とのこと。
随分前から言いたかったらしく、お礼を言われた俺は、
ずっとまともな別の友人の話に耳を傾け食事することにした。
それからしゃぶしゃぶしてると
巻き添え食らってお肉を散り散りにされたり
大量の灰汁が固まってできたお肉モドキ(味を保証されてません)
をその場のノリで俺にしゃぶしゃぶ言いやがった奴に食わせてみたり
随分楽しい時間だった気がする。
味より空気を味わった。 by八咫烏
手に持ちたるは文芸誌。
読み深めたるは読書の秋故か・・・・・・・
いや、寒ぃし
と、冬にぼやいてみても何も変わるわけではなし、
黄色のイチョウの葉だってロクに確認しちゃいないのに
銀杏はあり得ないぐらい臭うが
すぐそばまで冬は来ているというわけです。
「いや、早すぎだろ!」と
店先にいたサンタクロースに友達とつっこんだのはいつだったか
今年もまた、あり得ないフライング
例えるなら「よーい、ドン!」で
自分が走る順番の
前の走者と同時に走り出す感じ
でサンタさんは店番をしているわけです。
サンタさん・・・・
貴方の頭にイチョウの葉が落ちんことを・・・・ by八咫烏
なんだか懐かしい記憶がちらほらと。
友達と、昔スーファミでなにしてたとか話してみたり
友達がいきなりピアノでマリオ弾き出して
興奮気味にしゃべってみたり、
小さい頃友達の家にあってやらせてもらって
楽しかったからどうしても欲しかったけど
親に買ってもらえなかったもの思い出したりとか、
小さい頃はあの辺でよく遊んだなぁ〜とか、
小さい頃父が地面に寝そべり空に真っ直ぐ投げてたのを
自分も同じように横に寝そべり眺めた光景だとか、
昨日の晩飯だってろくに思い出せやしないのに
それよりずっと前の記憶を覚えてるだなんて
すごいなぁって。
それは一瞬だったとしても俺は今も覚えてる。
それなら今日、明日、明後日。
一日一日を頑張って覚えてもらえれるようになればいいなと
そんなことを思える今を大切にしたいなと。 by八咫烏
いやな世の中になりましたね。
なんてのは最早決まり文句のような使い古された言葉。
えぇ。こんな言葉を普通に聞くようでは
そうだと言わざるを得ませんね。はい。
TVで
何か木に物が引っ掛かってる子がいたんで
「おっちゃんがとろうか?」と声をかけたところ
横にいたお姉ちゃんが「結構です」って答えたってのを見ました。
変な人から妹を守ろうとしたんでしょうね。
みたいな感じで話はまとまりましたが
だとしても悲しいもんだなと。
善意を善意として受け取ることすら許されない。
けれども、それを幼いころからの習慣としているのでは
もはや、それが善意かどうかは関係ないんでしょう。
そして、自分がそうやってきたこともしていることにも気付かない。
人の行いは疑い、自らで判断するものなんでしょうね。